1986年11月OASYS30AF を発表
1986年11月5日 本社12F10会議室でOASYS30AF/OASYSLiteFROM7/FROM9を発表しました。
ニュースリリースです。
30AFはこのあとにつづく、AFシリーズの最初の機械です。縦長のスタイルで、キーボードをはずして
前におくと、液晶の画面が見えるというものです。
フル画面の液晶を使った業界でも最初の機械です。
フロッピは1デッキしかついていません。
2デッキだとどうしても高くなるので、1デッキにしました。
後続のAF2からは、2デッキになります。
30AFとFROM9はモデム内蔵モデルを業界でも最初に作った記念すべき機械です。
パソコン通信が普及するとの見通しのもとに、ワープロで普及させようと専用機を
ねらったものでした。
当時は、パソコン通信の商用化前夜でした。
telestarや アスキーネットやPC-VANがまだ、無料でサービスをやっていた時代です。
30AFのカタログ表紙です。8ページ物です。
フラット&コンパクトな新世代ワープロという言葉が生きています。
ワープロコンテスト/日本オフィスオートメーション協会 4年連続優勝上位独占!!とあります。
30AFのカタログ3ページ
キーボードを収納すると、簡単に持ち運べるというのが大きな特徴でした。
30AFのカタログ4ページ
30AFのカタログ5ページ
30AFのカタログ6ページ
文書コミュニケーションをひろげる通信機能。
通信用ATモデム内蔵タイプも用意。
標準タイプモデムを接続することによって、同様に通信機能を活用出来ます。
モデム内蔵タイプ62年1月発売予定とあります。
nifty-serveはまだサービスを開始していない時代です。
30AFのカタログの仕様です。
モデムは300pbs/1200bpsとなっています。
1986年11月17日ころには、niftyserveのテスト運用がはじまり、30AFで通信ができるようになる。
ユーザには、OAS01001からはじまるID番号を発給して、仮運用のテストができるようになった。
niftyserveは正式には翌年の1987年4月15日から正式運用がはじまったが、この時にだしたIDは
変更せずにそのまま今でも使われている。したがって、OASが頭についているIDは一番前から
使われているIDであるということができる。私も大切にOASのIDをもっている。
ワープロ通信に進出
1986年11月21日の日本工業新聞です。高原記者の署名入りの解説があります。
30AFについていたイントロパック
です。niftyでは、OASYS通信サービスという名称に、本格スタート以前にサービスを開始しました。料金は30円/分になっています。メールと掲示板のサービスが中心でした。
掲示板も活発ではなく、主としてメールが使われました。
1987年の30AFのカタログの新版です。
ネットワーク時代に向けてという画面が写っています。
1987年30AFのカタログ1ページもの
1987年の30AFのカタログの新版です。
ネットワーク時代に向けてという画面が写っています。
オアシス用パソコン通信用ソフト
1987年オアシスでパソコン通信をするときに使うパソ通用のソフトとして
パーソナルサービスATというソフトができました。
以後、オアシスの通信ソフトはこの系統でやってゆきます。
あとで、MD/DOS用のAutoComができます。
パソATその2
モデムは1200と300のものが、記載されています。