オアシスの歴史を知るための資料 by 神田泰典
オアシス歴代の機種リスト by FOAU
オアシスのカタログです。
主要なオアシスのカタログを高精度でスキャンしたもの
120種類以上のオアシスのカタログを実物大で収録。
オアシス関係の資料です。(テキストデータ)
神田がいろいろな所に発表した論文など
いろんな資料(テキストデータ)
オアシスの資料や神田の書いた原稿など(niftyserveのSOAS1のDLに入れてあったもの)
OASYS開発から100まで。
オアシスの試作機や試作機の展示、OASYS100の発表など
親指シフトキーボード
学会発表の論文(親指シフトキーボード)
親指シフトキーボードの試作機の写真と
発明協会からもらった発明賞のこと、親指シフトの解説など
オアシスで放映されたテレビ番組など
1980年 試作機で12チャネルに出演したのが最初です。
1981年にはマイコン応用の番組で、宮崎緑さんと出演しました。
1982年にはマイオアシスの発売で、大きなブームになり、NHK経済番組と教養番組にも出演しました。
これらの番組の台本や、録音テープからの情報など。
OASYS100Jの登場です。
1981年8月4日 OASYS100J を159万円で発表しました。パーソナルを意識したカタログを作りました。
販売計画については、
富士通は強気の作戦でゆきました。それを伝える新聞など。
高見山のMyOASYSの登場です。
1982年5月6日 MyOASYSを75万円で発表しました。
相撲取りの高見山をタレントとして使い、積極的に宣伝活動をしました。
これまで、日本語ワードプロセッサと
いっていた名称を、ワープロという言葉で宣伝して、この年にワープロという言葉が定着しました。
OASYSは設置シェアや販売台数のシェアでも圧倒的な一位でした。
ビジネス機の100Gとオアシスメイト
を発表しました。1982年11月9日
ワープロコンテスト
を1982年11月23日に初めておこないました。
もっと小さくなった高見山のMyOASYS2の登場です。
1983年です。
雑誌bitに載せた論文1頁
2頁
3頁
4頁
5頁
6頁
1982年12月号「日本語情報処理のために」という題で、当時のOASYSとJEFのことをまとめています。
1984年オアシスライトの登場
です。電池で動き,携帯用として使えるという業界初のモデルでした。
このあと、S F K M Uなどと後継機種を作りました。
KFD20はその後のオアシスとして、F2はfrom9に続く機種になってゆきました。
オアシスパソコン100Rの登場です。
1985年12月5日
この当時はパソコンは半導体の部隊でやっていました。
オアシスの部隊で発表した、オアシスパソコンです。ワープロ専用機からパソコンへのアプローチでした。
ほどなく、パソコンは情報の部隊でやるようになり、この成果はFM-OASYSとして生かされました。
1986年11月5日OASYS30AFを発表しました。
30シリーズの最初の機械です、通信モデルを作って、パソコン通信時代をリードしました。
1986年11月5日FROM7/9を発表しました。
FROM7はパーソナルの標準機になってゆくものです。FROM9はプリンタ分離型で、携帯用を目的として
通信にも使えるようにしました。
これまでの通信は、オアシス同志か大型コンピュータとの通信だったのですが、初めてパソコン通信の接続を
するようになりました。
niftyserveとワープロ通信
です。1986年暮れからはじまった、niftyserveのテスト運用に30AFのモデム内蔵機を発売しました。
また、87年4月には商用運用が始まりました。FROM9のモデム内蔵機をもって歩いて使いました。
1987年6月OASYS30AF2を発表しました。
30AFの改良機種です。
1987年女性用ワープロ「キラン」の登場
です。
1988年6月OASYS30AF3を発表しました。
AF2の改良機種です。AF3で、明るい液晶、文書容量の増大、機能の増設など一つのレベルに達しました。
1989年9月OASYS 30AXを発表しました。
30AXを教材にした、ワープロレンスンビデオがあります。
1989年10月31日OASYS 30ADを発表しました。
FROM9の系統をひく、プリンタ無しのノート型です。
フロッピが付いていて、電池で動きます。
キャンペーンキャラクタに「山瀬まみ」 さんを新しく起用しました。
1991年6月には後継機種のAD-EXがでました。
1991年3月OASYS pocketを発表、続いて pocket2,pocket3
530グラムの軽量、電池で10時間も動くなど、新しいコンセプトのオアシスです。
pocket2 pocket3と改良されてゆきます。
1992年2月OASYS AD-301を発表しました。
AD 、 AD-EX の改良機です。 軽くなり、電池も長持ちするようになりました。
1993年5月には後継機種のAD-401/405がでました。405はAuto-comを搭載したniftyserve専用のマシンです。
1992年6月通プロ 「OASYS30LX405」を発表しました。
Auto-comを搭載しており、niftyserve専用になっています。
1993年10月通プロ後継 「OASYS30LX605」を発表しました。
Auto-comを搭載しており、niftyserve専用になっています。同時にLX601もでました。
1994年10月タッチオペレーションのLX-3000/2000を発表しました。
液晶画面にタッチセンサが組み込まれており、画面の上を直接指などで、触れることで、操作を指示することができます。
紙ではない本の新時代拓く
1996年5月28日の産経新聞の記事。未来史閲覧というコラム 本が消えるというテーマ。
日本でCD-ROMを電子出版のために使おうとして努力した歴史がまとめてあります。
OASYS100GX の表示画面をみせて、広辞苑をCD-ROM化するために岩波を説得したことなど。
これは、サンケイのホームページ
よりコピーしたものです。
これは新聞のコピー(460KB!)
日本語入力に関する資料をまとめました。
神田のホームページ