日本語タイプライタのアイデアのメモ
オアシスの開発を思い立った時に書いたメモです。英語のタイプライタの日本語版ということで、日本語タイプライタという名前で呼んでいました。
1977.7.6の日付のある、オアシスの最初のアイディアのメモです。
これは後に作ったオアシスライトによく似ています。
メモ1
現在の技術で可能ではないか、コロンブスの卵ではないか とあります。
メモ2
全体の構成図が書いてあります。表示はプラズマ30文字 メモリはバブルメモリになっています。
メモ3
使用法として、ドキュメント創成が強調されています。ドキュメント修正 プリント
メモ4
CG追加 熟語追加他とあります。
親指シフトとカナ漢字変換
当時の方式部の中山君には、マイコンの調査をしてもらいました。
そのあと、それを使って、日本語の入力方法を研究してもらいました。
これは私の業務日誌の内容です。
中山君μコンをやってもらう
1977年6月15日の日付です。
中山君日本語typwriter
1978年1月13日の日付で、
「紙とエンピツに代わるものとしてうまくいきそう、逆に文章を見て入力するには良くない。」
と、考えながら入力するオアシスの入力方式をテストした成果が書かれています。
この年の新人の池上君には、カナ入力方式の研究をやってもらうことにしました。
池上君カナinput方式
のテーマを指定する。1977年8月29日の日付です。
池上君カナキーボードプログラム完
とあります。1977年11月1日の日付です。
池上君カナ入力 new idea
とあります。 これは親指シフトのことで、1978年1月5日の日付です。
社長の年頭挨拶のこと、テレビの番組での上村松篁さんのこと、オハイオでの双方向TVのことも
書いてあります。
このようにして、オアシスの基本的な入力方法については、1978年前半には確立しました。
ミニコンで作った試作機の開発計画書
53(1978)年7月28日の日付のあるオアシスのミニコンでの試作機の開発計画書です。
白鳥君の手になるもので、1979年春のビジネスショウに出展するのが目標になっています。
標題は「日本語タイプライタの展示計画」となっています。
目的および特徴
目的として、漢字に対する富士通の姿勢をアピールする。オフィスで使える新しい入力方式を展示し、その有効性を内外に示す。
特徴としては、文書の創成、インタラクティブなカナ漢字変換、熟語単位の入力、分野別の辞書、親指シストキーボードをあげています。
システム構成
本体はPFU-300ミニコン 漢字ディスプレイと親指シフトキーボード ハードディスク プリンタからなっています。
工程
8月で検討をして、9月10月でプログラムの開発、12月までがテスト、1月からは試行して改良をする。
4月には準備をして、5月のビジネスショウに展示となっています。
実際にこのスケジュールのとうり開発が進みました。
検討事項
最初の作成文書
ミニコンで作った試作機は計画どうり動きました。
これは最初に作成し、印刷した記念すべき文書です。昭和54年1月8日付け。
私は日付印を押して、保管しておきました。
プリンタは15×18ドットのフオント、このプリンタは既製品なので、新聞社だったかの指定のフオントがついていました。
ニューヨークに出した手紙
昭和54年4月9日付け。
ニューヨーク駐在員事務所に出した手紙。かなは、現在標準に使っているフオントに入れ換えました。
漢字はまだ前のままです。ビジネスショウの時は、漢字も標準のフオントに入れ換えました。
JEFの発表のこと、日本語入力のことが書いてあります。
用紙はインチでスプロケット送りをしている連続帳票用紙なので、上下はA4より8ミリほど
長くなっています。
ビジネスショウの報告その1
昭和54年5月18日付け。ビジネスショウ出展のあとに書いた報告書。漢字もかなも標準の16ドットフオントです。
その2
他社の状況 東芝 リコー ペンテル 沖電気
その3
他社の状況 アルプス電気